5.郷土史展示のホームページ作成を決める

 私が、「4.光ヶ丘中校長先生と初めて会う」のときに、校長先生といろいろ話し合ったことが、このホームページ作りの土台となった。私が、このホームページを作るために、校長先生と会ったのは、このときを含めて、2回だけだ。校長先生との話し合いの焦点は、「なぜ、光ヶ丘中学校のホームページで、郷土史展示をするのか。」ということだった。

 この「光ヶ丘中学校区文化資料の世界」というホームページが、他の博物館や資料館のホームページと最も違う点は、「小牧市立光ヶ丘中学校」において、授業ではなく、ホームページという教育方法を選択していることだ。そして、その根底に流れるものは、このホームページの「小牧市立光ヶ丘中学校」の中の「自分の教育観」で述べているように、光ヶ丘中学校に子供を通学させている親の一人として、この地域の郷土史を生徒の皆様に学んでいただきたいと思うからだ。

 校長先生は、私が作るこのホームページを、普通の博物館や資料館と同じようにはしたくないと思っておられたようだ。そして、このホームページが、すぐに消えてしまうことのないように、永く続くように考えておられたようだ。学校のホームページは、校長先生が変わると、ホームページ自体が変わってしまうことが多いらしい。特に、光ヶ丘中学校のホームページは、現状の方法のままでは、校長先生が変わったら、その時点で、止まってしまうらしい。学校ホームページの最も弱い点は、ホームページ作りに熱心な先生が、人事異動でいなくなると、そのホームページは、途端に止まってしまうという点だ。しかも、学校の先生の人事異動は、多い。従って、このような状況を防ぐ方法は、ただ1つ、組織として、ホームページ作りをする簡単なルールを決めておくということだ。校長先生が変わったくらいで、私の作ったホームページが、インターネット上から消えてしまうことは、私もいやだし、校長先生も、それは避けたいと思っておられたようだ。

 この学校ホームページの弱点は、そのまま、「光ヶ丘中学校区文化資料の世界」にも当てはまる。管理人である私が、このサイトを放棄したら、その時点で、このホームページは、インターネット上から消えてしまう。従って、このホームページを永く続けることを考えなければいけないのだが、そのことは、後ほどのページで述べることにする。

 とにかく、平成15年度と平成16年度の郷土史展示をホームページにすることは、私が作らなかったら、誰も作らないことは、確かなようだ。しかも、私の手元には、ホームページ作りの素材しかない。この素材を使って、校長先生がおっしゃったことを踏まえて、今まで一度も作ったことのないホームページ作りにチャレンジする。校長先生のおっしゃるように、このホームページ作りで、最も問題になってくるのは、ホームページの作成技術ではなく、「なぜ、このホームページを作るのか。」という、概念だということを、これから、ひしひしと感じていくのであった。